歴史に埋もれていた朝鮮通信使を静岡に紹介
静岡の史跡巡りや歴史資料などを調べる会の活動をする中、朝鮮通信使に関する記述を度々目にし、通信使と関係の深い釜山や対馬へ行き、足掛け5年に渡る調査を行いました。
そして研究の集大成として朝鮮通信使の行列を再現し、市民の皆様にお見せしようと実行委員会を立ち上げました。個人や 在日本大韓民国民団 、在日本朝鮮人総聯合会 、市民団体など10団体からの賛同をいただいた市民レベルによる試みです。この活動には市民の方々の様々なご意見があり、勉強会やイベントを行って啓蒙にも努めました。
あいにく 2001年は雨のため、急遽会場を静岡朝日テレビのホールに移し、華麗な衣装を身にまとい、国書交換式、舞踊などが行われました。翌年 2002年には静岡県と静岡市、商工会議所など約 40団体からの協賛を受け、約 350名の行列を披露することができました。
現在は市民に向けた学習活動の他、「朝鮮通信使縁地連絡協議会」のメンバーとして朝鮮通信使ゆかりの町との交流、県や市の韓国交流事業にも参加しています。
朝鮮通信使とは
朝鮮国王から派遣された外交使節です。室町時代に始まり、秀吉の朝鮮出兵により中断、後に家康公の要請により1607年から約200年間に12回、300~500名の編成で来日しました。「通信」とは「心と心を通わす」という意味で、隣国同士が長期にわたり、平和で対等な交流を行いました。使節団には朝鮮王朝を代表する文士が選ばれ、宿場では地域の人たちと儒学、医薬学、詩文、書画等の交流をしました。江戸幕府も最大級の歓待をしたと言われています。